「働き盛り世代の年収が25年前より100万円以上減少」問題の根底にある社会構造の変化

最近、日本人の年収が25年前より100万円以上減少、といった報道がなされています。
本当にそんなに減っているの!?と思って、内閣府の資料を直接見て考えてみました。

結論から言うと、「年収が100万円以上減少」という言い方は嘘とはいえないけれど、ショッキングな印象を与えるための誇張が過ぎる感じがしました。
100万円以上減ったのは個人の収入でなく世帯収入であり、夫婦のみ世帯・夫婦と子世帯と比べて世帯収入が少ない単身世帯の割合が激増したことがもっとも大きな要因のようです。

そして、この世帯収入減を引き起こしている社会構造の変化について、しっかり解説されていないように思います
どちらにしても、大変重要な問題には違いありません。しかし、詳細を見誤ると物事の本質を見失うということはあります。

本記事では、内閣府の資料を見ながら「世帯収入100万円以上減少」の構造を検証し、そこから見えて来る問題の本質を考えます。

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働き盛り年収「25年前より100万円以上減少」の衝撃!の報道

最近ニュースになったのは、働き盛り世代の年収が100万円以上減ったというニュースです。
私はネットのニュース番組で聞きました。過去20年以上にわたって国民の給与が増えていないことは知っていましたが、まさかこんなに減っているとは⁉と大変びっくりしました。

2022年3月7日の日付で、次のタイトルで記事が出ています。リンクはJ-Castの記事に貼りましたが、同じ記事がYahooニュースなど、何か所かのニュースサイトで公表されています。

働き盛り年収「25年前より100万円以上減少」の衝撃! 岸田政権があえて公表した真意は?

100万円以上減ったのは個人でなく世帯給与

この記事は、とても重要な情報を国民に提供してくれており、大変興味深く読みました。

ただ、この記事はすこしショッキングにタイトルを付けたみたいです。
実際には、100万円以上減ったのは個人の収入でなく、世帯収入です。記事の本文では、「世帯収入」についての問題であると議論されていました。

また上記の記事では、世帯収入が激減している社会構造の変化がよくわからなかったので、本記事ではそこを補う議論をしたいと思います。

ニュースの出どころは3月3日の経済財政諮問会議

今回の”世帯収入100万以上減”ニュースは、令和4年3月3日に開催された令和4年第2回経済財政諮問会議が出どころです。
次節以降では、この諮問会議の「資料4-2 我が国の所得・就業構造について(参考資料)(内閣府)(PDF形式:794KB)」からグラフを借りて、働き盛り世代の世帯収入減少の実態を確認してみましょう。

働き盛り世代の世帯収入は、25年間で195万円も減っていた‼

45~54歳の働き盛り世代の世帯収入の分布が次の図です。
25年前(1994年)と比べると、現在(2019年)の世帯収入の中央値は、195万円も減っていました。

個人収入は100万円は減っていない

ただし個人の収入は、そんなには減っていません。

次のグラフは同じ資料に載っている、世帯主の平均所得です。
45~54歳の世帯主平均所得は、25年間でやはり減少していますが、もっとも減少幅が大きい45~50歳でも、60~70万円の減少です。
つまり、25年間での個人収入の減少は、60~70万円程度ということです。

広い世代で世帯主収入が減少していることは、非常に深刻な問題に違いありませんが、195万円もの世帯収入の減少は、世帯主収入の減少だけからは理解できません。

この内閣府の調査では、世帯収入では中央値で比べる一方、世帯主収入では平均値を使用しています。
数人大金持ちがいるだけで平均値は大きく引き上げられてしまう一方、中央値はほとんど影響をうけません。
1994年と比べると、2019年の方が貧富の格差は広がっていると考えられますので、世帯主収入も中央値で比べたら、もう少し減少幅が広がると予想されます。

ただ、次節で議論する通り、世帯収入の減少は、社会構造の変革に多く起因するように思います。

働き盛り世代の、世帯種別の世帯収入

「働き盛り世代の世帯収入は、25年間で195万円も減っていた‼」節では、45~54歳世帯の全世帯の世帯収入の分布を見ました。

次の3つのグラフは、同じ年齢層の世帯収入の分布を、夫婦のみ世帯、夫婦と子世帯、単身世帯に分けて表示したものです。

夫婦のみ世帯・夫婦と子世帯では、80万円ほど世帯収入が減少しています。
単身世帯ではほとんど世帯収入の変化はありません。

これら世帯種別ごとの世帯収入の減少幅だけみていても、なぜ195万円も世帯収入が減少したのかは、やはり説明できません

世帯収入の激減を引き起こした社会構造の変革

重要な要因は単身世帯の割合が倍増したこと

では、何が195万円もの世帯収入の激減を引き起こしたのでしょうか。
その原因の一端は、もっとも収入が低い単身世帯の割合が、14%から28%に倍増していることにあります。

グラフに表示されている各世帯種別の世帯収入の中心値を次表にまとめます。
ここで見て取れることは、どちらの調査時でも単身世帯の収入が、夫婦のみ・夫婦と子世帯と比べて、大きく低いということです。
この単身世帯が倍増したことで、全世帯での中心値が大きく引き下げられたと理解することができます。

単身世帯の増加によってどのくらい全世帯の世帯収入が引き下げられるかは、次節で試算します。

1994年2019年
夫婦のみ世帯781万円700万円
夫婦と子世帯880万円800万円
単身世帯397万円400万円

三世代世帯やひとり親世帯の変化も寄与している可能性

さらに詳しく考えるために、世帯種別の割合を以下にまとめました。

1994年2019年
夫婦のみ世帯9%13%
夫婦と子世帯48%41%
単身世帯14%28%
その他世帯29%18%

内閣府の資料では、夫婦のみ世帯・夫婦と子世帯・単身世帯のグラフしかありませんが、「三世代世帯やひとり親世帯などがあるため、各世帯累計の分布を積み上げても全世帯の分布に一致しない」という脚注があります。
世帯種別の割合の表で、「その他世帯」は、三世代世帯やひとり親世帯などに相当します。

昨今の社会状況では、三世代世帯が減少し、ひとり親世帯が増加していることは、十分に予想されます。このことが、単身世帯の増加と合わせて、全世帯統計での中心値を引き下げていることが考えられます

単身世帯の増加分は全世帯の平均世帯収入をどれだけ引き下げるか!?

本来、中心値と平均値は別な指標ですが、ここではグラフに書かれていた中心値で平均値を代用し、単身世帯の増加が全世帯の平均値をどれだけ引き下げる効果があるか、試算してみます。

「その他世帯」に関しては数字がないので計算上無視します。夫婦のみ世帯・夫婦と子世帯・単身世帯の3種世帯数の和が100%になるようにスケールすると、

1994年の全世帯の平均世帯収入
   =(9%×781万円 + 48%×880万円 + 14%×397万円)×(100%÷71%)
   =772万円

2019年の全世帯の平均世帯収入
   =(13%×700万円 + 41%×800万円 + 28%×400万円)×(100%÷82%)
   =648万円

となって、25年間の世帯収入の減少幅195万円のうち、125万円分が単身世帯が倍増したことで説明がつきます。(この125万円の減少効果には、夫婦のみ世帯と夫婦と子世帯の世帯収入が減少したことからの寄与も含まれます。)

残りの部分は、この計算で無視した「その他世帯」の変化によると考えられます。

なお、いま行った「その他世帯」を無視した世帯平均の試算と、実際の全世帯の中心値を比較すると、次の表のようになります。
この表から、1994年では「その他世帯」の世帯収入は826万円よりも多かっただろうこと、2019年には、「その他世帯」の収入が631万円よりも低かったであろうことが推定できます。つまり、「その他世帯」の収入も178万円以上減少しているであろうことも結論できます。

1994年2019年
全世帯中心値826万円631万円
本節での試算772万円648万円

まとめ

働き盛り年収「25年前より100万円以上減少」という衝撃のニュースが報じられました。

  • 100万円以上減ったのは個人でなく世帯給与。
  • 働き盛り世代(45~54歳)の世帯収入は、25年間で195万円も減っていた‼

世帯収入が過去25年の間に激減を引き起こした社会構造の変化について、政府資料に基づいて考察してみました。

  • 世帯収入が激減した理由は、個人(または世帯主)収入の減少幅だけでは説明が付かない。
  • 夫婦のみ世帯・夫婦と子世帯の世帯収入は約80万円減少した。
  • 世帯収入が激減した重要な原因のひとつは、単身世帯の割合が倍増したこと。
  • 夫婦のみ世帯・夫婦と子世帯・単身世帯の3種に属さない世帯の収入も大きく(178万円以上)減少していると考えられ、そのことも全世帯での世帯収入を引き下げた要因になっていると考えられる。

単身世帯の収入は微減で済んでいるという理解でなく、25年間で最も減少幅が少なかった単身世帯ですら収入が伸びていないことが非常に深刻な問題です。
単身世帯が激増している原因について、結婚を望まない人が増えているという言い訳を耳にすることもありますが、経済的に恵まれないために望んでも結婚できないでいる単身世帯が多いだろうことも、考えなければいけない重要な問題です。
他の世帯形態ですべて大きく収入が減少していることが由々しき問題であることは、いうまでもありません。

1994年から2021年の25年間は、

  • 企業の人件費節約につながる非正規雇用を広く容認
  • さらに安い労働力として外国人労働者(技能生という建前で受け入れている場合もあるのでしょう)の受け入れ

という2つの重要な政策の転換を行った時期でもあります。
これらの政策が日本人の給料を押し下げるのに大きく貢献してしまっていることは、ほとんど疑いを差しはさむ余地がないように思います。

現在10%になっている消費税も1994年には3%であったことを考えると、国民の可処分所得は今回の調査で分かった世帯収入の減少分から、さらに7%も減っていることも忘れてはいけません。

国民の貧困化を止め、もっと国民が豊かになるための政策に転換していくことが、日本政府には求められます。

最後に、”日本の給与の推移を男女別・年齢層別にグラフ化しました”では、日本の民間給与の推移をわかりやすくグラフ化してみました。
あわせて読んでいただければ幸いです。

グラフの出典:

本記事に使用した世帯収入に関するグラフは、すべて内閣府「令和4年第2回経済財政諮問会議」に公開されている資料4-2から転載使用させていただきました。

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2022/0303/agenda.html

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